2004年12月のブルガリアでのこと。


2004年12月31日(金) つきなみですが、今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。
29日(水)、仕事納め、といきたいところですが、勤務先に冬休みというものはないらしく、自分で休暇をとらないと31日まで普通に仕事、1月は3日から普通に仕事、らしいです。まぁ家でネットできないから、そのほうがいいっちゃあいいんですが。そんなわけで、いつも通りの1日でした。朝、郵便局で荷物を受け取り(不在通知がなかったけど送り主からの情報で、いくらなんでも届いているだろう、と思って。案の定、1週間くらいで届いてた)、職場へ。今日は1日雨で、昼に近くの店へ行く途中で車に水を引っ掛けられてブルーになりました。帰りはそんな雨の中、卵を買って帰宅(雑炊用)。ご飯を炊いていると、アパート共益費回収のおばちゃんが来ました。昨日は誰もおらんかったねぇ、と言われてしまった、多分バスに乗ってた頃だなぁ。寒い中、何度も足を運ばせてしまって、申し訳ない。ご飯を食べてから、雨が降っているにもかかわらず、洗濯干し。つけおきしちゃってたからしょうがない。晴れててもどうせ乾かないんだから結局ファンヒータで乾かすことになるでしょう。そんな感じの1日でした。30日(木)、電気代、50レヴァ(約3500円、物価換算すると約17500円)だったよ…暖房使い過ぎやね…でも風邪ひいて医者にかかるよりはマシかと。というか、夜中とそれ以外の時間帯の電気料金が違い過ぎるんだよぉ。などと文句を心の中で言いながら、昼休みに電気代を払ってきました。旅行で生活費が底をついてたので、その前に銀行へ行ってから。なんでサインがIDカードと違うんだ、と初めて言われました(お金を下ろす時には身分証明書が必要。書類を書いて、通帳と身分証明書と一緒に窓口に持っていかないといけない。ATMもあるけど、自分はカードを作ってない)。日本語(漢字)でサインしなおしたら「あー、たか(そうそう、みたいな感じ)」と言われました…なんかちょっとムカッときたぞ。昼食は、料金支払い窓口の近くのデュネル屋さんで、スタラザゴラで2番目に大きいと思われるデュネル購入。うーん、腹いっぱい。午後は、だいぶ前にソフィアに行ってしまった同僚がひょっこり顔を出し、ちょっとお話。それからしばらくして、今度は同室の同僚の友だちという人が来て、ちょっと話をしてました。前にヴェリコタルノヴォで日本語習ってて(多分大学だろうなぁ)、しばらく喋ってなかったから忘れてしまった、みたいなことを言ってた気がする。で、何故か、明日の午後、カフェすることに。間が持たんぞ、きっと。ちなみに、同室の同僚曰く、明日は午後仕事ないよ、多分、って行ってたから、予定的には大丈夫でしょう、きっと。そうそう、いつも朝行く写真家のおばちゃん、昨日から年末の休暇をとってるようで、今日もいませんでした。小さなガラス球の地球儀のお礼、年明けに渡そう。そんな感じの大晦日イヴでした。31日(金)、大晦日ですねぇ。前日に、午後は仕事ないよ、って言われてたので、まともに仕事する気もなく、ボーっとパソコンに向かってたら、別の部屋に呼ばれました。ささやかな「行く年パーティ」のようで、昼前からアルコール摂取。まぁ少量なので問題なし。全然喋らないので、つまみばっかつまんでました。時折、思いついたように飛び交う会話に耳を傾けてみましたが…さっぱり聞き取れんなぁ。そんな感じで、お昼少し前に退散、自分の部屋でやっぱりパソコンに向かってボーっとしてると、今日の仕事は12時まで、と古銭学のおばちゃんが言いに来ました。あの、もう12時回ってるんですが…。まぁいいです。ちょっとしてからトイレに行ってみたら、まだ人の声がしたので、しばらくいても大丈夫かな、と再び部屋へ。またパソコンに向かってボーっとしてると、同室の人が来て、昨日来た友だちとは、デパートで待ち合わせ、場所知ってるか、と。多分あそこだろう、と予想はついたものの、一応連れてってもらうことに。職場を出て、行ってみると、思ったとおりの建物。ここで同室のおばちゃんとはお別れ。デパートの中で30分くらい時間をつぶし、13時近くになったら外をフラフラ。昨日の人(Mさんとしておきましょう)に声をかけられました。カフェなんて、めったに入らないから、場所お任せでついて行った1つ目は満席。次に行ったところも満席だったけど、ちょうど出る人たちがいたので、入れ替わりで着席。日本語に触れなくなって(ようは大学を出てから、ということでしょう、やっぱりヴェリコタルノヴォ大学でした。5年間学んだらしいです)4年間という割には、かなり話せてました。そんな日本語に助けられ、自分のヘタレなブルガリア語に辛抱強く耳を傾けてくれる態度に助けられ、それなりに話せた気がするなぁ。まぁ、自分は8割方聞き役ですけど。日本語の本がたくさんあるから、読むのを助けて欲しい、と言われて、何も考えず「ダー(はい)」と言ったけど…大丈夫かねぇ。カフェを出て、ちょっと本屋に寄って、帰途につきました。Mさんと途中まで一緒だったので、うっかり買い物忘れてた、まぁいいや。家の近くで、連絡がとれなくなっていたD君と偶然遭遇、どうやら携帯電話をなくしたらしいので、自分の電話番号を教えてお別れ。忙しいらしい。その近くでMさんともお別れ。家ではパソコンばっかりやってた気がするなぁ。それにしても、外の爆発音・破裂音がうるさい。去年もソフィアでそう思ったけど、スタラザゴラのほうが、音が大きい気がする…。爆竹というにはあまりにも激しすぎる。たまに窓が揺れる気がするくらいの爆発音って…一体外で何が起こっているんだ…?そんな年末でした。

2004年12月28日(火) 降って沸いたような旅行話、リフレッシュできると思ったんですが、考えが甘かったですねぇ。
20日(月)、色々盛りだくさんな1日だった気がするけど、何があったっけ(次の日書いてます)。朝、通勤途中に古銭学のおばちゃんに会った、昼、封筒を郵便局で出してきた、午後、パソコンを持ってきた近代史のおばちゃんの対応をした、夕方、買い物をして帰った、夜、洗濯をしてご飯を食べた、こんな程度か。ちょっと思考能力が鈍っているので、思い出せない。21日(火)、朝から理由のわからないプチ鬱状態。意味もなく悲しくなるのはなんで?写真家のおばちゃんのところ行っても上の空、近代史のおばちゃんのところで、自分の名前「タクマ(Tacomaなんですけどね、タコマ。実際職場の人たちも「タクマ」という発音より「タコマ」に近い発音で名前を呼んでいるから)」という名前の街がアメリカにあるというので地図を見せてもらっても無感動。同室のおばちゃんに頼まれた、クリスマスのプレゼントにつけるタグもできずに結局おばちゃんが手書きで作ってた。館長に呼ばれて、前できなかったノートパソコンからデータをCDに焼くのをやってくれ、と頼まれたけど、この時は、この精神状態が幸いしてか、冷静に話を聞いてた。いつまでやったらいいか、まで訊けて(普段はそこまで気が回らない)、明日NIC持って来てやればいいみたい、ということがわかった。帰宅途中、自棄買いか?多分この街で最大のデュネルを買って家で食べてみた。なんにもする気が起きなかったので、19時前には寝た。涙で枕を濡らしながら、原因を探っている自分がいた。疲れていつの間にか眠ってた。22日(水)、寝すぎやね。夜中の1時過ぎに1度目が覚めたけど、また寝て、結局起きたのは7時過ぎ。でも、おかげでちょっとは落ち着いたみたい。連日の寝不足がたたったのもあるかも。やっぱ睡眠は必要やね。朝飯食って出勤、今日は写真家のおばちゃんと会話ができました。何故だかわかんないけど、ちっちゃなガラス球の地球儀をもらってしまったよ…なんでかな。部屋に戻って、昨日受け取ったノートパソコンからデータコピー。NICのセットアップから。ネットワークの設定が甘いんだろうか、クロスケーブルでデスクトップと繋いでデータ転送したけど、すっごいスピード遅かった…。CD焼くだけじゃなくって、館内LANに繋ぎかえてノートのwindows updateとかウィルス対策ソフト入れたりスパイウェア駆除ソフト入れたりして、結局午後それなりの時間に館長のところへ持って行きました。一部焼き直しを命じられ、うー、と思ってたけど、それだけで終わらず、パソコンの操作を教えてくれ、と。エクスプローラの使い方からか、これは大変そう。今まで発掘で忙しかったけどこれからは時間があるから教えてくれ、と言われましても…。まぁ、しょうがないね。それも仕事のうちだし。今日はこれでタイムアウト。家の近くの店で10リットルの水を買って帰宅。店のおばちゃんの対応が、前に比べてやわらかくなっているような気がする…そりゃいい加減顔も覚えただろうからなぁ。それとも、自分がこっちの人のきつい口調に慣れてきたのか?そんな感じで、今日も早く寝よっと。23日(木)、ちょっとだけ、イエスキリストに救われたかな。キリスト教徒じゃないんだけど。午前中に館長の誕生日パーティがあったんですけど、その途中で、またわけもわからず悲しい気持ちになりました。ホント、理由がわからず沈むって、怖いねぇ。昼頃まで耐えたけど、どうにもならず、まだみんなその場にいたけど、部屋に戻って机にふせってました。しばらくしたら、古銭学のおばちゃんが来て「午後は仕事休みだ」とのたまったので、追い出されるように帰途につきました。いつもより歩調も鈍く、フラフラと帰る途中で、自分ちの近くの教会がふと目に止まりました。何も考えず、そしてためらいもなく中へ。真ん中あたりの椅子に座って、ボーっと祭壇のほうを見てたら、いつも開き直る時の考えが出てきました。「自分が出来ることしかどうせできないんだから、やれることやったら?」キリストが導いてくれたなんて、大それたことは考えたくないので、少しだけ考える場を提供してくれた教会に感謝しようかな。そんなわけで、帰ってからは、とりあえずできること、と思って、現代史のおばちゃんに訊かれたパソコンのエラーについての記述をブルガリア語にしてみたり、ひたすらパソコンのデータ処理してみたり。なにかやってれば、とりあえず気が紛れて、なんとかもってるみたい。でも、手を休めると、また、なんだかわからない不安というか心の闇というか、本当にわけのわからんものに襲われるんだなぁ、これが。どうしたもんかねぇ。24日(金)、3連休初日。そうです、クリスマス休暇です。祝日です。わーい。…あんまり心から喜べないんだけど。午前中、久し振りにパヴェルバニャのGさんに会いました。なんで連絡くれない?って言われてもねぇ…。急がしそうやん、あなた。同じ街のUさんと一緒にカフェ行って、本屋行ってお別れ。家に帰って、ひたすら、ホントひたすらという言葉がぴったりなくらい、パソコン。市町村リストの見直し。でも、状態は昨日より酷いみたいで、作業してても、ふっ、となにかが心をよぎる。まだこうして文章に書けるくらいだから、客観的に見てる自分がいるということだよね、だから、まだ大丈夫。まぁ、そのうちどうにかなるでしょう。今日もとっとと寝よう。25日(土)、話をする、というか、聞いてもらう、ということは大切ですね。少し気が楽になりました。電話代考えたら「ごめんなさい!」なんだけど。ありえんよなぁ、国際電話で1時間も話すなんて。最初こっちから電話したけど留守電で、メッセージ残しといたら、かけてきてくれました。もうその事実だけで「うー」ってなるくらい嬉しいことなんですけど。そんなわけで、なんとか少し落ち着けそうです。明日からちょっと旅行に出かけるし、そこでもリフレッシュ。スリヴェンのIさんが誘ってくれました。火曜日までということなので、午前中に博物館に書類を出しに行って(ポストに入れただけですが)、その足で同じ街のUさんとこにお邪魔して、ちょっとメールを見させてもらいました。一緒にお昼を食べて(クリスマスなのに野郎2人でなんやねん、って思っただろうなぁ、レストランの人)、帰宅。で、最初の電話。せっかく手をつけたので、市町村リストの見直しを終わらせました。単語の整理もしたいんだけど、これこそやりだしたらしばらく他のことが手につかなそうで…。明日は早いから今日もとっとと寝ないと。26日(日)、2度目の列車旅行。人に誘われないと、乗らないねぇ、列車なんて。いつもバスだから。そんなわけで、スリヴェンのIさん企画で、プロヴディフのNさんと一緒にベログラドチックに来てます。朝、7時半のバスでスタラザゴラ出発、ソフィアまでの道の、街中以外は真っ白でした。そんな中、バスはいつもより多少安全運転したんでしょうね、10時15分到着予定が11時ソフィア着でした。IさんとNさんは、もう着いてて、駅のロビーで話をしてました。列車の時間までまだ余裕があるので、地階のカフェで時間つぶし。物乞いなのかなんなのかわかんない人が入って来て、店の人がえらい勢いで追い出してました。大体時間になって、ホームへ移動、指定された席へ行ってみると、コンパートメントの空席が足りない。Iさんが訊いてみると、指定席券を持ってない人がいたので、かわってもらいました。4時間半くらいかな、谷を抜け、平原を走り、きれいな風景を見ながら列車はオレシェツの駅へ到着。そこからはバスでベログラドチックへ。今にも壊れそうなミニバスで15分くらいかな、一山越えてバスターミナル到着。とりあえず陽があるうちに、景色の良い所で写真撮影。その後ホテルへ。かわいらしいホテルです。来る途中で見たレストランで夕食を、と思って行ってみたら、空席なし、と言われました。結局ホテルのレストランで夕食。久し振りにビールを飲んだ気がするけど、先週も飲んでるよなぁ。腹一杯食べて、部屋に戻って、いろいろ話をして寝ました。27日(月)、今回のマグラ洞窟では、古代の絵(と言われているもの)を見ることができました。ベログラドチックの岩城跡も、ぐるっと一通り見て回ることができました。やっぱり団体旅行よりは個人旅行の方がいいやぁね。朝8時半にタクシーで出発、30分強でマグラ洞窟に到着。営業時間は9時からなのに、誰も人がいない。Iさんが電話してみると、30分待て、と。実際は30分もせずに人が来ましたが。今回はちゃんとガイド付き、まぁ説明は相変わらずよくわかりませんが、見所はおさえられたと思います。1時間の見学予定が2時間近くになったのかなぁ、タクシーの運転手のおっちゃんには悪いことをしました。まぁその分、ベログラドチックに戻って来てから余計に料金請求されましたが。その後、ホテルに一旦戻って昼食をとってから、岩城跡見学。午前中は霧がかかってたけど、行く頃には視界良好、調子に乗って一番奥まで行って写真を撮りまくっていると、天気急変、まるで雪山状態。霧と雨がある程度おさまってから下山。次は博物館。ここも人がおらず、Iさんの電話攻撃に頼りました。展示を見た後、バスターミナルにあるメハナ(レストランと居酒屋を足して2で割ったようなところ)でスープを飲んで身体を温め、街の中心近くにあるキノコ岩見学。すぐ近くに野外劇場がありましたが…夏は営業してるのかな。ホテルに戻りがてら、レストラン探し、結局良い所が見つからず、ホテルのレストランで夕食。食後ちょっと星を見に外へ。ほぼ満月が明るすぎる上に雲が少し出てて、ちょっと残念。空気は澄んでるような気がしたけど、条件が悪かったね。まぁまた機会があれば。部屋に戻って、Iさんが持って来たカヴァルを吹かせてもらったり話をしたりしてから、シャワーを浴びて寝ました。28日(火)、ドナウ再び。ヴィディンという街まで足を伸ばしました。目的は「ババ・ヴィダ」というお城を見るため。朝7時前にホテル出発、朝食のパンを買って、7時半のバスでヴィディンへ。1時間強でヴィディンのバスターミナル到着。帰りのソフィアまでのバスの時間を調べてから、タクシーで「ババ・ヴィダ」へ。ここは受付けの人がちゃんといました。1レフ払って、中へ。Iさん曰く「ブルガリアでお城らしいお城はここくらい」とのことで、ふむ、確かに今まで見てきた城跡とは違う(当たり前)。城内くまなく歩き回って、外へ。すぐ近くのシナゴーグ(ユダヤ教の教会)をちょっと見て(廃墟でしたが)、ふらふらと歩いてバスターミナルへ。途中、歴史博物館と教会見学。博物館では、ちょうどシーズンということで、クリスマスに使う「スルヴァチュカ」という木の枝で作ったものがたくさん並べてありました。教会は、黒を基調としたどっしりと落ち着いた雰囲気。出た時に、ロマの子たちが寄って来たのには辟易しましたが。バスターミナルに着いて、チケット購入、時間まで近くの店で昼食。トイレに行って、バス乗車。4時間強でソフィア到着。途中のヴラツァという街で人がたくさん乗り込んできて、2時間立ちっぱなしの人もいて、大変だなぁ、と思いました。ソフィアからは、16時半のバスでスタラザゴラへ。IさんとNさんとは、ここでお別れ。どうもお世話になりました。途中のチルパンという街の手前で、事故だかなんだかで渋滞してて、1時間近く立ち往生、家には21時頃に到着。心身ともに疲れ果ててて、なんにもせずに寝ました。

2004年12月19日(日) 週末はソフィアでした。そういえば、日曜日は雪でしたねぇ。スタラザゴラは降ってませんでしたが。
13日(月)、だから、このノートにはNICもCD-R(W)ドライブもついてないんだってば。今朝、館長に呼ばれたので、何かと思って行ってみれば、またノートからCDにデータを移せ、と。オマケに、ノートを持ってきた人曰く「時間がない」と。一応部屋に持ってきてもらって、移したいデータを見てみたら、700MB強、手持ちのフラッシュメモリで3往復だなぁ、時間かかりそう、と言ったら、あっさりと「次の機会に」と言われてしまった。…緊急じゃなかったの?まぁいいや、今度、あらかじめ来ることがもしわかれば、NIC持ってってセットアップしよっと。クロスケーブルも忘れずに。職場のLANにつないでもいいけど、ハブがある部屋が離れてるから、何かと面倒かな、と思って。もっとも、また突然言われて、結局フラッシュメモリで往復することになるとは思うけど。まぁいいや。今日も仕事はデータベース、たまにワードの使い方教えてくれ攻撃を受けて中断。挙句の果てに、夕方にまた館長に呼ばれて、とうとう身の振りを訊かれました。で、どうやら自分が聞き違えていたらしく、「あと1年」というのは、今からあと1年のことで、1年後からあと1年という意味ではなかったらしい。だから、来年の12月まではいるよ、といったら「すーぺる!(英語のスーパー!やね)」って…。もう意味わかんない。それで、自分が書いた紙は、そのまま受け取ってもらえたようで、明日来る事務所の人にも、そういう話をするんじゃないかな。わかんないけど。で、仕事が終わって、ちょっと市役所へ。同じ街のUさんが仕事してる学校のバザーがあるということで、寄ってみました。…すげー人。少し人が減るのを待って、ラーメン用のお椀にちょうど良さそうなのを買って帰りました。家では…うーん、また1通のメールでちょっと荒んでたので、またアルコールに逃げてました。今回は前回の失敗がないよう、控えめに。意味わかんない。14日(火)、先行き不透明。うーん、見通しが立たない。今日、事務所の人が来て、館長と話をしていたんですが、やっぱり約束の期間以上いて欲しいみたいな感じです。しかも、自分のあとに続いて人も欲しいらしい。ハイ、自分の書いた意見書、全然意味がなかったようです。まぁ、こんなもんでしょう。ちなみに、当然新しい博物館の話にもなったんですが、来年早々に、事務棟のほうはできるらしい。というか、来年3月で、いまいる仮の住まい(建築関係の専門学校の一角を間借り中)を追い出されるらしいので、それまでには移転しないといけないらしい。そんな話は小耳にはさんだこともない。いや、聞いてはいたけど理解してなかっただけかも。そんなわけで、とりあえず自分がいる間には、大移動があるらしい。でも、展示棟のほうはさっぱり出来てなくって、いつ完成するのかめどがたたないらしい。そんなわけで、1年後の自分の身の振りがさっぱりわからなくなってきました。まぁ、なるようになるでしょう。今日はこんな感じで、多分他に大したこともなかったはず。15日(水)、リンゴと牛乳をミキサーにかけると、生クリームになるんでしょうか…?職場でリンゴをもらって、その場で食べずに家に持って帰ったんですが、飲みきらないといけない牛乳(週末は家にいないので)と、しばらく使ってなかったミキサーを動かしてやりたい、というのがあって、作ってみたんですよ。リンゴを皮ごと放り込んだので、切り刻まなきゃな、と思って、ちょっと長い時間(といっても2分も動かしてないと思いますが)回してたんですが、あけてビックリ玉手箱(ぐはっ)、容量が倍くらいになってるんですね。上半分は、クリーム状。恐る恐る飲んでみたら、生クリームみたいな食感。リンゴはペクチンでしたっけ、それの作用でこうなるんかな、それとも、混ぜすぎで空気が異常に入っただけなのかな。よくわかりません。まぁ、なんにしろ、今後、この2品だけでミキサー回すのはやめます(笑)。以上、家でのネタ。仕事ネタは、そうですねぇ、よく声がかかる日でした。職場からよそに送るクリスマスカードを作っている人に何回も呼ばれ、プリンタの調子が悪いだのなんだの。自分が対応してる時も、マシンが2回フリーズしました。…なんでしょ。あと、近代史のおばちゃんに呼ばれて、家のパソコンを買い換えたけど、古いパソコンから新しいパソコンにデータを持ってくることができないか(多分こんなことを言ってたんだと思う)、と訊かれました。どうもwin95らしく、口頭で説明してどうにかなる代物でもなさそうだったので、明日本体を持ってきてもらうことに。あとは、民俗学のおばちゃんところに行って、明日民族衣装を借りる約束をとりつけてみました。週末ソフィアでちょっと使う予定。そんなこんなでバタバタしてて、本来の仕事に専念できず。まぁ、いつものことといえばいつものこと。あとそれから、その他のネタ(まだあるのかよ)。帰宅途中、普段あまり通らない中心の歩行者天国を歩いていたら、たまたまシプカに住むIさんを発見、声を掛けてみました。一緒にいた、やはりシプカに住む画家のKさんが出展した、絵の展示会のオープニングがこれからあるとのこと。せっかくなので、一緒に見に行くことにしました。時間まで少し余裕があるので、市役所の電飾を見たり、飛行機のチケットを取り扱っているところを案内したりしてから会場へ。ぐるっと見回し、Kさんの作品発見。シプカのもう1人の画家、Oさんの作品もありました。Oさんも後から会場に来るようです。予定の18時を10分くらい過ぎたところでオープニングセレモニー開始、市長も来てて、結構大きな展示会のようです。後から聞いた話だと、かなりの額の賞金が出てたらしい。スポンサーがちゃんとつくと違うんですねぇ。1時間弱くらいかな、セレモニーが終わって、「ご自由にお取り下さい」のパンとワインをいただいて飲食してたら、Oさんが「帰る」とのこと、お疲れ様でした。IさんとKさんは今しばらく会場に、自分もお供。小腹が落ち着いたところで出発。せっかくなので、バスターミナルまで2人を送ることに。ちょっとだけほろ酔い気分でフラフラとターミナルに着いて乗り場に行くと、誰だかわかんないおっちゃんから「カザンラク行きのバスはもうないよ(スタラザゴラからシプカへの直通バスはないんです、カザンラクを中継)」と言われちゃいました。ふむ、しょうがない、とタクシーを拾うべく通りに出てみたら、ちょうどカザンラク行きのミニバスが通りかかったので、とめて2人を乗せました。すごいタイミング。一足違いだったんでしょうね、さっきターミナルにバスがいなかったのは。そのミニバスには、先に会場を出たOさんも乗ってました。3人なら、少々のことがあっても大丈夫でしょう。そんなわけで、3人を見送り、家に帰りました。意外とネタがあった水曜日でした。16日(木)、職場で朝からアルコール摂取が「不思議」と思わなくなってきたぞ…やばいかも。帰国後に社会復帰できるかしら…。そんなわけで、今日はブルガリア史のおっちゃんの誕生日だったようで、10時頃、呼ばれて館長の部屋に行きました。本人いなくても、パーティーやっちゃうんやね、誕生日のおっちゃんの姿が見当たらず。でも、誕生日の本人がチェルピャ(おごり)は揺るがないだろうから、お金置いてったんかな。小一時間くらいそこにいて、部屋に戻りました。そうそう、朝、写真家のおばちゃんのところへ行く途中に、民俗学のおばちゃんにばったり会って、「これ持ってけ」と衣装を渡されました。写真家のおばちゃんのところから戻ってきて、部屋で試しに着てみると…ちっちゃいちっちゃい。力んだら破れそう(いや、そんなにもろそうなつくりではないんですが)。んー、どうしたもんかな、と思いながら、そのあと仕事してたんですが、夕方近くになって、部屋に民俗学のおばちゃんがきて、「どう?」と。ちっちゃい、と言うと、「えらっ(おいで、みたいな意味)」と言われて、収蔵品の倉庫へ。一番大きいのに変えてもらえました。それでも小さいんですけどね。踊りする人は、みんなちっちゃい人なんでしょうか…というか、なんとなく女性用の衣装なのかも、という気がしてきました。まぁいいんですが。ちなみに、「収蔵品」というくらいだから、れっきとした博物館の所有物です。収蔵品番号と思われるタグが縫い付けてあります。民俗学的に価値のあるものです、きっと。そんなものを、さくっと貸してくれるおばちゃんもおばちゃんですが、貸してくれ、と頼む自分も自分です。まぁ、これもブルガリアっぽいといえばブルガリアっぽい(意味不明)。衣装といっても、ジャケットみたいなもの1着なので、いいことにしておきましょう(ホントにいいのか?)。そんなわけで、明日はソフィア移動、朝早いバスに乗ろうと思ってるのに、これを書いてたら日付が変わってしまった…。バスの中で寝ていこう…。17日(金)、いやー、久し振りの牌の感触、質感はなかったけど。1年8ヶ月振りくらいに打ちましたよ、麻雀。おかげで次の日寝不足(次の日にこれ書いてます)。…いや、これが本題の1日じゃなかったんだけど(笑)。今日は、首都ソフィアに上がるべく、朝7時のバスでスタラザゴラ出発。前日寝不足だったので、バスの中で熟睡できるかと思いきや、ジャッキーチェン主演の面白そうなビデオが流れてて、見てしまった…。9時半頃に、事務所の割と近くと思われるところで降車(いつも停車はしてるけど、降りたことなかった所)、しかし、意外と遠く、30分以上歩いて事務所へ。朝から良い運動になりました。着いてからは、明日の会議の準備。コピーと製本が主なんですけどね。事務所が入っている建物の1階の食堂での昼食をはさんで、パタパタ用意してた…はずなんですが、実は!幹事の方々、ゴメンナサイ、ビデオ見てました(自爆)。前に送ってもらってた「与那国島ビデオ」。内容は聞いてなかったので、どんなのかなぁ、と思いつつ再生してみると、「Dr.コトー診療所」。スペシャルですよね、前後編4時間半、一気に見てしまいました(仕事しろよ)。もーね、やばいね。最初は「おー、与那国島、思った通り、えーとこやん」と思いながら見てたのに、前編中盤から目をうるうるさせっぱなし。年やねぇ、涙もろくなっとる。見終わってから、多分目が赤いだろうなぁ、と思いつつ、準備に戻ろうとしたけど、大体終わってたみたいで、しばらくボーっとして事務所出発。幹事のみんなで中華。腹いっぱい。その後、他の人が泊まるホテルに移動して、最終打ち合わせ。23時頃かなぁ、一通り段取りが終わり、帰る方向が同じ人とタクシーで、自分が泊まるホテルへ。車を降りる直前に、同じホテルに泊まる人から電話が。ごめんなさ〜い、すぐ行きまぁ〜す。というわけで、誘ってくれた人の部屋でジャラジャラ。半荘の半分(つまり東場のみ)だったので、麻雀のページには追加してません。割と流れは良かったような気はするんですが。そんなわけで、2時過ぎに部屋に戻り、残りの仕事を片付けて(先にやれよ)、シャワー浴びて寝ました。18日(土)、無事終わってよかったです、会議。朝になって、突然会場の変更があってちょっとバタバタしたけど、他はほぼ予定通りかな。自分の担当の分も、ちょっとミスはあったものの、まぁ8割方OKということで。それにしても、朝から夕方まで会議ってのは疲れますね。特に幹事側だったし。まぁ、大きな問題もなく終わってよかったです。次は自分たち(同期の人たち)が本物幹事。今回手伝ったことが役立てばいいんですが…。片づけを終え、会場移動、インド料理屋で、新しくブルガリアに来た人たちの歓迎会。ようこそ〜。美味しい料理あり、楽しいイベントあり、幹事の皆さん、お疲れ様〜。終わってからホテルへ戻り、今日もジャラジャラ。点数をつけてないので、今回も麻雀のページは更新なし。1時過ぎくらいに終了。部屋に戻って寝ました。19日(日)、朝、実家から電話があったようなんですが…まだ7時前だったんですが…寝てましたよ…目覚ましと間違えてて、通話ボタンを押してたような気がするけど…気のせいにしておこう(爆)。で、着信履歴に、番号は出ないんだけど着信した形跡だけは残っていたので、とりあえず実家に電話、誰も出ず。違うんかな、と思って、思い当たる人にかけたら、違ったけど、話がはずんで1時間くらい話してしまった…電話代が怖い…(自爆)。まぁ、それはいいんです。朝食をすませ、ホテル出発、博物館で仕事している人たちの打ち合わせに参加(ちょっと遅れてしまった、ゴメンナサイ)。いつも内容の濃い打ち合わせです。自分にとっては、ややキャパオーバー気味(笑)。13時前くらいだったかなぁ、打ち合わせ終了。次は会議幹事の打ち上げ(カフェなんですが)。めちゃオサレなカフェ、ブルガリアっぽくない(笑)。16時頃まで色々話をして(といっても内容はほとんど会議のこと以外)、バスターミナルへ。16時半のバスは満席とのことだったので、17時のバスのチケットを買い、待っている間、これを書いてました。バスの中では、連日の寝不足が重なって熟睡…かと思いきや、最初の30分くらい寝ただけで、あとは外の風景見たりして起きてました。なんでしょうねぇ、暖房があつすぎて寝られなかったというのもあるかも。汗かいてましたからねぇ。そんなこんなで、20時半くらいに帰宅、荷物の片づけをして寝ました。

2004年12月12日(日) 12月に入ってから、時間が経つのが早い気がする…師走だからか…?
7日(火)、クリスマス色が濃くなってきた今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか。今日は、10月29日に亡くなった同僚の40日(多分日本の49日と同じようなものだと思う)、昼に館長の部屋にみんなで集まって、亡くなった同僚の奥さんからのもてなしを受けました。誰も喋らない時間が結構あって、空気が重かった…。館長もちょっと涙目だったし。こんなんじゃ、自分の意見を書いた紙も見てるかどうか怪しいな、と思ってたら、案の定、呼び出しはありませんでした。明日かな。それとも、このまま話し合いなく事が運ぶかな。来週、事務所の人が来るし。午後は、久し振りにデータベースのことやりました。いまいちリレーションがわからん…。データベースの一番肝心な部分なのに…。というか、いじっているデータベースの設計者じゃないから、触り辛いというのもあるんだけどね…。まぁわかる範囲で、なんとかします。8日(水)、写真家のおばちゃんから面白いことを聞きました。 ブルガリアでは、まったく同じ商品でも、売っている店によって、値段が全然違うということ。真偽のほどは定かではありません。普通は高いものほど良いものだから、このブルガリアの現状は興味深い、とも言ってました。うーん、そりゃあ、第三者から見れば笑って見てられるよ、安いお店を知ってれば、無駄なお金を使うこともないよ、でも、情報がなにもない、なにも知らない状態で買い物に行ったら、大損するかも知れないってことでしょ?この辺も、コネ大国ブルガリアたる所以なのかも知れないですね…。さて、そんなおばちゃんに、今日は折り紙教室してました。前に持ってった、くすだまのようなものを作りたい、というので、折り方を教えてました。最後の、折り目に沿って形を作っていくところがやっぱり難しいみたい…。でも、飲み込み早いです。前にバラを教えた時も、すぐに覚えましたからね。明日には、もう40個作り終えて、完成してるかも。そんな午前中でした。午後は、今日もデータベース、メインのデータを、サブのファイルに引っ張って来れんのですけど…。人が作ったものは、やっぱり扱い辛いなぁ…。まぁ、文句言ってもしょうがないので、できることから順番やろうかと。そんな感じの水曜日。9日(木)、館長から呼び出しがないですねぇ…。書類の山に埋もれてるのかな、書き置きした紙…。まぁ、いいや(本当にいいのか、それで)。今日は、午前中にちょっと外に出ました。写真家のおばちゃんと話をしている時に、大判のコピーの話になり(というか自分から持ちかけたんだけど)、近くにコピー屋があるから、教えちゃる、と言われて、ついて行くことに。したかった、A2のカラーコピーはできないということで、一応他の大きさと白黒のA2の値段を訊いてきました。結構高いのねん…。あとは、今日もデータベースいじってました。最近ちゃんと仕事してるっぽい。パソコンをガシガシいじってると、同室のおばちゃんが、写真家のおばちゃんの所に置いてきた、くすだまのようなものを見たようで、色々と訊いてきました。作り方を教えてくれ、とも言われました。…自分で自分の首絞めてる…?まぁいいや(いや、いいのかそれで)。帰りは、久し振りに家の近くのスーパーに寄って、ちょっと買い物。この頃は毎朝晩、米食べてます。そんな感じの木曜日。10日(金)、やっぱり墓穴掘ってる気がする…。昨日、「作り方教えてくれ」と言われたおばちゃんには「紙を忘れたから今度」と言われたけど、別の、現代史のおばちゃんが、やっぱり写真家のおばちゃんとこのくすだまのようなものを見たらしく、「作り方を娘に教えてやってくれ」ときた(笑)。そんなに「すげー」っていうようなものなんかなぁ。確かに、手間はかかってるけど、折り方通り折って、くっつけてるだけなんだけど…。まぁ、でも、多分誉められているので、悪い気はしないかな。約束通り、娘さんには折り方教えましたよ。まだ小学校低学年くらいかなぁ、多分覚えてないだろうなぁ。他に何か折れるか、と言われて、孔雀も折ってみました。これも、一応折り方教えたけど、覚えてないだろうなぁ。また時間がある時に教えて、と言われたから、あと何回か折り紙教室を開くことになりそうです。ちなみに、今日は、この現代史のおばちゃん関係のことばっかりやってました。仕事じゃないんだけどね…。昼休みちょっと前、呼ばれて部屋に行ってみると、winampの新しいバージョンをインストールしようとしてたところで、やり方がわからん、と。いや、次へ、次へ、ってやってけば終わるんですが…まぁ、英語がよく理解できない(といってもインストールする時に出てくるのなんて簡単なものなんですが)ようなので、しょうがないかな、という気はします。一通り終わって、音源を再生してみると、「まだ音が悪い」と。うーん、どうやら新しいバージョンのアプリを入れれば音が良くなると思っていたようです。確かに、女性ボーカルの曲なのに、声が変。もしかして、ピッチの設定をどういうわけか変えてしまって、その設定がバージョンアップしても残ってるのかも、と思って探してみたけどわからず。そうこうしていると、現代史のおばちゃんは、用事があるみたいで、出て行ってしまいました。自分もお昼を食べたいので、適当なところで切り上げ、昼食を買いに一旦外へ。戻ってきて、自分の部屋のパソコンで、さっき聞いたのと全く同じ音源を再生してみたら、問題なく女性の声。設定を色々見てみても、わからず。しょうがないのでウェブ上でキーワード検索をしてみたら、ピッチコントロールのプラグインがあるじゃないですか。これかなぁ、と思ってダウンロードして、早速使ってみたら、確かに声の高さは変わる、でも、このプラグインを使うには、いつもダイアログを表示させてないといけない、おばちゃんのパソコン、そんなふうにはなってなかったなぁ。とりあえず、このプラグインで試してみよう、と思って、再度、おばちゃんの部屋へ。おばちゃんはまだ戻ってきてませんでしたが、作業開始。インストール後、ピッチを変えてみたら、おぉ、まともに聞こえるぞ。これだなぁ、どっか見えないところでピッチコントロールされてるんだなぁ、と思うも、ダイアログの問題があるので、winamp本体でコントロールしてるわけではなさそう。もしやコンパネの中にヒントが?と思って、見てみました。そしたら、普通のサウンド関係のアイコンのほかに、怪しげなサウンド関係っぽいものを発見。開いてみたら、ありました、ありました、ピッチコントロール。しかも、winampのプラグインで変えてみて、この辺かなぁ〜、と思ってた「-3」という値ドンピシャ。リセットして「0」に戻したら、もとの音に戻りました。一件落着。おばちゃんは、まだ戻ってこないので、一旦自分の部屋に戻って、ちょっと自分のことやってたら、おばちゃんが呼びに来ました。待ってました、部屋に行って、状況を説明、ピッチが正常になったことで、音も良くなり、ご満悦のご様子。ついでに、音楽CDの焼き方と、普通のデータCDの焼き方も教えて欲しい、というので、教えてきました。…つーか、ネットが重いのは、ここでいつも音源ダウンロードしてるからだろ(爆)。もっとまっとうな使い方しようよ(といいつつ、自分も人のこと言えませんが…)。そんなこんなで、また部屋に戻って、しばらくしたら、今度は折り紙。ふ〜、仕事ができない(笑)。というわけで、今日はデータベースに手をつけられませんでした。中途半端な時間でどうかなるものでもないですからねぇ。そんな感じで、職場を後にし、写真家のおばちゃんに「イベントがある」と教えてもらっていた市役所へ。何やら音楽が聞こえてきます。近づいてみると、結構人が集まってます。内容を知らないので、ボーっと見てたんですが、合唱あり、寸劇(?)あり、イルミネーションの点灯式あり、コンサートあり、なかなか盛り沢山でした。寸劇(?)は、子供向けかな、市役所前の広場には、大勢子供たちが集まってたし。面白いというか、感心したというか、点灯式に市長が出てきたんですが、結構な人気なんですよね。で、市長本人も、劇の続きみたいなところに出てきたから、調子を合わせてるし。なかなかやるな、スタラザゴラ市長。日本のどこぞのおっちゃん市長とは二味も三味も違うわい。…話がそれました。もうひとつ、面白いというか、気になったことというか、数人のカメラマンが様子を撮影してたんですが、見ている人のこと、ひいては出演者のことなんか考えてないんでしょうね、自分の撮りたい場所、撮りたいシチュエーションで、勝手にシャッター切りまくってました。時に、出演者の行く手をさえぎることも。酷かったのは、市長が出てきた時、カメラマンも舞台に上がって撮りまくり。自分的には、ちょっとどうかなぁ、と思いましたが、まぁこれがこの国の風習だったらしょうがないのかな、という気もしました。イベントを最後まで見届けたかったけど、寒さに耐え切れず(毛糸の帽子、マフラー、手袋の完全防寒にも関わらず)、1時間くらい見て帰りました。家では、冷えた身体をあたためてから、食事、洗濯。明日、ソフィア日帰りする予定なので、必要なものを用意。まだ完成してないんだけど、しょうがないよね、データが集まんないんだから。とりあえず、叩き台。そんな感じの金曜日でした。11日(土)、やっぱりソフィア日帰りはきついな…。片道3時間、往復で6時間のバスの移動、疲れました。朝、9時10分のバスに乗るべく、適当な時間に家を出発、窓口で訊いたら、チケットはバスで買え、と言われたので、乗り場に行ってみました。乗ろうと思っていたバス会社ではないソフィア行きのバスが既に止まっていたので、何時に出発するのか訊いてみたら、ちょっとしたら出るよ、と言われたので、こっちのバスに乗ることに。結局8時50分に出発したんですが、バスターミナルの時刻表には載ってなかったよ…。いつも通り、うとうとしながら約3時間でソフィア到着。打ち合わせをする人のところに連絡を入れ、家にお邪魔しました。自分が持って行った、とりあえず作ってみた叩き台はそのままで大丈夫のようで安心安心。データが集まってないことのほうが問題で、連絡手段確立に時間が結構とられました。あとは、別件の打ち合わせを聞きながら、この場でもらえたデータを加工したりしてました。非力なノートで画像いじるのはしんどいなぁ…。話し合うべき内容が一段落したところで、ビデオ上映会始まり〜。1年近く前にやってた月9ドラマ「プライド」というのらしいんですが…キムタクそんなにいいかなぁ、男の自分にはその魅力がどうもイマイチわかりません(なんて書いたらファンに殺されそう)。適当な時間に出発、タクシーでバスターミナルへ。19時のバスに乗ろうと思って窓口でチケットを買おうと思ったら「バスで」とのこと。前は窓口で買えたのになぁ。タイミングか、怠慢か、わかんないけどいまだにチケット販売の仕組みがわからない。夕食にしようと思ってパンを買ったりして、出発の15分くらい前になったところでバスが来ているようだったので、行ってチケット購入、乗車。結構深くリクライニングする椅子で、心地よく2時間くらい寝られました。3時間弱でスタラザゴラの中心到着、22時前には家に着きました。寝てて食べるのを忘れてたパンを食べて、これを書いて寝ました。明日はゆっくり家で休養。12日(日)、いやー、久し振りに1歩も外に出ませんでしたねぇ。買い物くらい外に出てもよかったんですが。明日、仕事の帰りでいいや、と思ったら、無理に出ることもないかな、と。洗濯したから、一応外の空気は吸いましたよ。そこで「さぶっ!」と思ったから、外に出なかった、ってのもあるかも知れません。そんなわけで、ネタは全くありません。ずっとパソコンしてたもんなぁ…。実家から頼まれた、年賀状の原案とか作ってました。そんな不健康な日曜日でした。

2004年12月6日(月) 今週末も温泉に行ってきました。広いお風呂につかれる幸せ。
1日(水)、昨日のクレムカラメル(プリン)のお礼なのかな、写真家のおばちゃんから手作り腕輪(ん?ブレスレット?革製のやつ)をもらいました。あと、のどに効く薬、と言って、錠剤ももらいました。いつものようにコーヒーもお菓子ももらって…いっつもすんません。今度なんか持って行きます。昼は、職場の近くに新しくオープンしたレストランに、同じ街のUさんと行ってみました。なかなかよさげな雰囲気、ちょっと料金がお高めですが、人が来た時なんかに連れて行くには無難なところかも。午後は、実家から来た荷物を受け取りました。今回は、配達の人から直接受け取るんじゃなくって、博物館の人が受け取っててくれてて、ただそれをもらいに行くだけでした。あとは、館長に呼ばれて、再来週に、事務所の人が来る、と告げられたのと、前に言ったことを考えておいてくれ、と言われました。他は…自分がいつもいる部屋の、人の出入りが結構あったなぁ。挨拶しかしません(できません)でしたけど。そんな感じで仕事は終わり。家に帰ったら、扉に不在通知が挟まってました。明日の朝、郵便局へ取りに行こう。実家からの荷物を持って帰って来たので、開いて整理。おとーちゃん、おかーちゃん、いつもありがとう。あとは、いつも通りパソコンやって、おしまい。あ、そうだそうだ、朝イチで、古銭学のおばちゃんが来て、またプリントアウトしてくれ、ってフロッピー持って来たんですが、その時ちょこっと話した内容が面白かった。確か12月20日だったと思うけど、イグナなんとかの日って言ってたな、最初に見た人によって、翌年の運命が決まる、という日なんだそうです。良い人を見れば、翌年は良いことがあるし、悪い人を見れば、翌年は良くないことが起きるんだそうです。良い人、悪い人の判断基準はなんだ、と言いたくもなりますが、まぁそれはおいといて、その古銭学のおばちゃんが、「だからその日、朝一番で私の顔を見るのよ、いい、わかった?」みたいなことを言い放ったのには笑いました。そんな12月初日でした。2日(木)、昨日の不在通知を持って、朝、郵便局へ行きました。無事荷物を受け取り、職場へ。知り合いの人がビデオを送ってくれたんですが、ふむ、うちにはまだビデオデッキがない(爆)。しかも、映像方式が違うから、こっちの普通のデッキではちゃんと再生できないんですね〜。というわけで、事務所に行った時にでも、日本の映像方式からブルガリアの映像方式にダビングしなおそうかと。自分ち用のデッキは、4月に帰国する人がくれるというので、それを待ちます。午後、古銭学のおばちゃんが部屋にやってきて、何やらごちゃごちゃとやっているかと思ったら、ワインを持って来たから、飲め、と。ごちゃごちゃやってたのは、キャベツとサラミみたいなのを切っていたのでした。ワインは自家製らしいです。同じ部屋の人と3人で「かんぱ〜い」。うん、普通にうまい。しばらくしたら、現代史のおばちゃんもやってきて、4人で「かんぱ〜い」。ワインはあっという間になくなり、現代史のおばちゃんが持って来たワインも飲みきってしまいました。3人のおばちゃんが、酔った勢いなのか(いや、普段からだな)すごい勢いで喋りまくっているのを横目に、自分の机に戻り、写真家のおばちゃんの仕事をちょっとしてました。仕事が終わって、帰り道、思いつきで、前にベランダ用のテーブルが欲しいと思って目を付けていた店に行ってみました。ほんの少しだけ雨が降っていたので、ちょっと急ぎ足で約10分、店の陳列商品を見回してみましたが…がーん、ない…。売れちゃったのかな…。前に見た時は、3つくらいあったはずなんだけどな…。見た時に買わなきゃいけなかったな…。今後の教訓(こうして衝動買いの根は育っていく)。ついでといってはなんですが、もう少し回り道をして、事務用品屋さんでプリンタのインクを買ってから、バスでセンターまで戻りました。降りた場所の近くのスーパーでちょっと買い物、それから家に帰りました。家では、なぜか急にやる気を出し、折り紙に専念。同じ形のパーツを40個貼り合わせて、くすだま(のようなもの)完成。明日、写真家のおばちゃんに持って行こう。いつものお礼。それから、大学時代の先輩に送るための荷物をまとめ、さっさと寝ようと思ってたんですが、この文章を更新しようと思って、過去ログ(ブルガリアに来てすぐくらい)読んでたら遅くなってしまった…。たまに読むと、あぁ、この時こんなこと考えてたんだ、と思い返すことができて、面白いです。読む気になるまでが大変ですけど(自爆)。そんな感じの木曜日。3日(金)、日本を出発してちょうど1年が経ちました。早いですね、あっという間だとは思ってましたが、ここまで時間の流れが早いとは…。残りの1年も多分あっという間なんでしょう。人から面白い話を聞いたことがあります。2年しかいない、ということは、最初の1年間で体験することは、ブルガリアに来て初めてのこと、次の1年で体験することは、ブルガリアで最後にすること。たとえば、自分と同時期に来た人たちは、着いてしばらくして、ブルガリアで初めてのクリスマスと年越しを体験しました。でも、もうすぐ来るクリスマスと年越しは、ブルガリアでは最後のクリスマスと年越しです。これから目にすること、体験すること、などなど、もしかしたらもう二度と直接見聞きすることがないかも知れないということを、ちょっとだけ頭の隅において、暮らしていけたらなぁ、と思ったりしました。…前置きが長くなりました、今日あったこと。写真家のおばちゃんのところに、昨日作ったくすだま(みたいなもの)を持って行ったら、めちゃめちゃ喜ばれました。作った甲斐があった、良かった良かった。昼休み、銀行で生活費をおろし、近くの軽食屋さんでトーストを買って、今日は暖かかったので外で食べました。午後、市役所へ行って、水道料金を払ってきました。サインをもらわなきゃいけない人が部屋にいなくて、めっちゃ待った…。市役所を出て、ついでに携帯電話の料金を支払い、職場に戻ったら、現代史のおばちゃんが探してた、と聞いたので行ってみたら、winampをダウンロードしてるんだけど、インストールとかどうしたらいい、と訊かれたので、適当に答えておきました。事務所関係でむかついたことがあったので、今日は仕事が手につかず。帰る途中、またプリンタのインクの予備を買って、あとちょっと寄り道して、UPSのバッテリを探したりしてました。車のパーツ屋で探すという発想が間違ってるな、多分。家に着いて、まだムカムカしてたので、さっさとシャワーを浴びて酒飲んで寝ました。20時前には布団に入ってたよ…まぁ、たまにはこういう日があってももいいんじゃないでしょうか(笑)。4日(土)、先週に引き続き、温泉に行ってきました。今日は、スタラザゴラ温泉です。朝、寝すぎで腰が痛くて起きました。出かける準備をして、10時頃出発、毎時30分くらいに温泉行きのバスがセンターを通過する(かも)、という情報を入手していたので、10時半頃のバスに乗れればいいかなぁ、と同じ街のUさんと待ち合わせ、バス停ちょっと手前で、温泉行きのバスに抜かされました。うじゃす!(なんてこったい!みたいな感じ)結局、1時間くらい待って、次のバスに乗りました。ここから戻ってくるところまでは、温泉のページ参照。戻ってきた時も、行きにバスに乗った停留所で降りて、Uさんの職場見学。仕事の様子がうかがえました。家に戻る途中、電気屋に寄って、テレビのアンテナを見てきたんですが、これだ、というのがありませんでした。明日、元気があれば違う店に行ってみようかな。そんな感じの土曜日でした。5日(日)、サイテー。他に方法なかったのかよ。のんびり週末を過ごすつもりが、ただの酔っ払いに成り下がりました。しかも、いわゆる自棄酒(おぉ、ヤケザケってこう書くんだ)。たかだかメール1通でこうもボロボロになるとは、まだまだ修行が足りんのぉ。家にあったコニャックを飲み干し(いや、ちょっとしか残ってなかったんだけど)、足りないと感じて(この辺ですでに正常な判断能力を失ってる)近くの店でラキヤ(ブランデー)を買い足し、深酒。だんだん挙動が怪しくなり、わけのわからんことをわめきながら寝てしまったようで、気付いたら3時。パソコンも電気もヒーターも全部つけっぱなしだったので、とりあえず消して、また寝ました。そして翌日、6日(月)、二日酔いですよ。頭痛い、吐き気する、立ち上がるとフラフラするので、職場に休ませてもらうように電話しました。サイテー。もうホント、自分が嫌になりましたね。後先考えて行動しようよ。とりあえず、もう一度寝直し、次に起きたら、まぁ割とマシになってて、雑炊作って食べました。いや、素があったから混ぜただけです。昼過ぎに、まだちょっと頭痛いけど、普通に生活できそうな感じになってきたので、職場に行きました。会う人会う人「大丈夫?」みたいな感じで声掛けてくれて…いや、ホントに申し訳ない。今後、気を付けます。仕事は…メール見て返事書くだけで終わっちゃいました。集めなきゃいけないものがあったから声かけてたこともあるんだけど、週末だけで40通…。あと、館長に自分の意見を書いた紙を出してきました。いなかったので机の上に置いといただけ。明日、多分呼び出されるでしょう。社長出勤だったから、時間の流れが早い早い。あっという間に帰宅時間。そうそう、今日はニコライさんの日。この名前の人(近い名前の人も含まれるらしい)の記念の日。1年前、ホームスティしてたうちの人もニコライとーちゃんだったなぁ。もとは漁の神様の名前だそうで、ここぞとばかりに魚を食べるらしい。ホームスティしてる時も、普段出てこない焼き魚料理が出てきました。今は一人暮らしだし、自分の名前もニコライじゃないから、特に魚食べたりもしなかったけど。そういえば、最近魚食べてないねぇ。食べてないと気付いてしまうと、食べたくなるねぇ。そのうち、そのうち。


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