2004年1月分のつれづれです。
2004年1月24日(土)のつれづれ
人の生と死について、再考。本当に「必要とされなくなった人」に死がもたらさらるのだろうか。どう考えても、まだ必要とされているとしか思えない人が、この世を去ろうとしている。なんで、自分より先に?順序が違うでしょ。こういう事実を目の当たりにすると、「誰かが必要としてくれているから生かされている」という考えは、気休めでしかなくなってくる。一体、自分は何のために生きているんだろう。何故生かされているんだろう。これはもう、本能的な、遺伝子的な活動なのではないか。種の保存、種の繁栄は、どの生物も古来よりDNAにインプットされている。それの恩恵にあやかって、なんとなく生きているだけのような気がしてきた。そうなると、たまたまそのDNAにちょっとだけ違った部分があったために、この世から早く去ってしまう人に対して、申し訳なく思ってしまう。交換できないものだろうか。
2004年1月11日(日)のつれづれ
普段あって当然のものがなくなると、見えなかったものが見えてくる、髭を剃りながら、そんなことを考えてました。「こんなところにホクロがあったんだ」(笑)。ブルガリアで最初にして2004年一発目のつれづれが、かくも下らないもので申し訳ない。
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