2005年3月28日(月)〜31日(木) 月毎にページ分けする都合上、月末で一旦切ります。3月、終わりです。
28日(月)、花が咲いてましたねぇ。これで、手首に巻かれたマルテニツァを木に結ぶことができます。コウノトリを見た時にしか外せないと思ってたんですけど、ちょっと前に、写真家のおばちゃんから「花が咲いているのを見かけた時でもいい」というようなことを聞いたので。お昼に、電気代を払いに行って、その帰りに、梅のような花が咲いているのを発見、でも、実際にマルテニツァを結んだ木は、職場の出入り口のすぐ近くに生えている、小さな木。特に深い意味はないんですけどね。まぁ、そんなわけで、だんだんと春が近付いているようです。29日(火)、お昼に、日本語を教えているMさんが、何の前触れもなく職場に来ました。10分くらい喋って、帰ってったんですけど、あんまり唐突な行動をしてると、電波系だと思われちゃうよ…?いや、実際、それっぽい言動を、よくしてるんですが。まぁ、いいです。そんな感じで、特に大きな出来事もなく、今日も終わりました。30日(水)、今週に入ってから、なんだか毎日眠いような気が…。もしかして、サマータイムで1時間ずれたから、時差ぼけ?まぁ、いいんですが。単に、パソコンのモニタ見過ぎで、疲れてるだけでしょう。そんなわけで、職場では、相変わらずのデスクワーク。夜、アパートの共益費徴収のおばちゃんが来ました。ハイ、2レヴァ(約140円、物価換算約700円)。廊下(というか、階段の踊り場というか)の電球が切れてる、換えなきゃ、と言ってましたが…いつ交換されるんでしょう。自分ちにストックがあるから、今週中に交換されてなかったら、自分で換えちゃおっと。31日(木)、久し振りに、同じ町のUさんとキャッチボールをしました。まだまだ無駄な動きが多いです、異常に疲れます。最近、腕立てやったりして、筋肉痛が残っているのもあるんですけどね。何事も、継続してやらんといかんということですな。夕方、職場からの帰り道、郵便局に寄って、小包を受け取ってきました。先方から、送った日を聞いていたので、大体着く頃だろう、というのを見込んで。ここ何回か、不在通知がないんですよね。怠慢だ、郵便局。案の定、今回も不在通知なかったし。まぁ、いいです。受け取れたから。いつも気の利いたものをありがとう、Mさん。
2005年3月21日(月)〜27日(日) 週末、久し振りに家でおとなしくしてました。でも来週はプロヴディフの予定。予定は未定。
21日(月)、カザンラクのSさんとHさんが、先週に引き続き、スタラザゴラに来ました。今回は、預けたパスポートを受け取りに。Sさんご所望のパソコン用スピーカを届けて、今回はお別れ。お昼は、同じ町のUさんとキャッチボール。知らない人に声をかけられました。「○☆×□※%知ってるか?」って訊かれたんだけど…その単語、知らんわぁ…。「ネ・ズナム(知りまへん)」「ネ・ラズビーラム(わかりまへん)」を繰り返してたら、どっか行きました。なんだったんだろ…。夕方、日本語を勉強しに来るようなことを、この前言ってた気がしたので、Mさんに電話、「明日」と、のたまいました。火曜日と水曜日はいない、って言ってあったはずなんだけど…。水曜日に帰って来たら電話することで、決着。帰り道、ポップコーンを買って、ベンチに座って食べてたら、子どもに「どこから来たの?」と声をかけられたので、「日本から」、「どこに行くの?」と訊かれたので「ここに住んでるよ」と答えました。旅行客と思ったんかな。それにしても、子どもに声をかけられるとは、珍しい。トゲトゲしてた原因が一段落して、気持ちが落ち着いたからかな。22日(火)〜23日(水)、ツァレヴェッツの丘の「音と光のショー」を見に、ヴェリコタルノヴォへ行って来ました。このショー、見れない人は、何度タルノヴォへ足を運んでも見れない、というジンクスがあるそうです。というのも、このショーは、たとえば団体観光客が、ショーを管理しているところへ大金を積まないと見られないもので、常時上演されているものではないからです。しかしながら、本日3月22日は、ヴェリコタルノヴォの日、ということで、「音と光のショー」が必ず上演される日なのです。もう何回もタルノヴォへ来ているのに、いまだに見れてない自分は、「もしかして見れない人?」と思い、休みをもらってまでタルノヴォへ行ったわけです。朝、スタラザゴラを出発、お昼頃タルノヴォ到着、同期のKさんと合流、ご飯を一緒に食べ、Kさんの職場へお邪魔、その後、Kさんちへ移動、ちょっとまったりしてから、ツァレヴェッツの丘方面へ出発。途中、今日だけ歩行者天国になる車道あたりから、すんごい人・人・人…。どうやらパレードの最後尾につけたようです。のろのろ歩いていると、同期のKさんじゃないタルノヴォ在住のKさんと、ブルガスから来たKさんに会いました。4人で、丘がよく見えるあたりまでなんとか移動、より良い場所を、と焦っていたんでしょうか、自分1人はぐれてしまいました。まぁ、あとでどうせ会えるでしょう。ポジションを決めて、しばらくすると、ショーの開始。前に、録画されたものをちらっと見せてもらったことがありましたが、やっぱり本物のほうがえぇなぁ。城壁を見事に飾るライトアップ、音楽に合わせた演出、最後に花火もあがって、来た甲斐があったなぁ、というショーでした。終わってから、もと来た道を戻り、途中で休憩していると、3人のKさんたちとは別グループの、ソフィアのMさんを筆頭とするグループに会いました。みんなで食事をする店まで移動、Kさんグループとも、そこで会うことができました。さて、食事、最初はそれなりに落ち着いて食べられたんですけど、途中からコンサートが始まって、めちゃくちゃうるさかった…。何もそんなに大音量で音楽流さんでも聞こえとるわい、音量下げてやー、と店の人に2回言っても効果なし。まぁ、しょうがないのかな、年に1回の祭りだし。そんなわけで、店を出て、泊めてもらう同期のKさんちに移動、さくっと寝ました。明けて翌日、Kさんと一緒に家を出て、途中でお別れ、自分は博物館巡り。近代・現代史博物館、考古学博物館、民族復興博物館、3館で歴史総ナメです(理解はしてませんけど)。見ている途中で、Mさんから連絡があり、チャルシャ(石畳のお土産屋通り)の木細工屋で待ち合わせ。合流してから、団体でプラプラ、ソフィアのTさんを見送ってから、ブルガスのKさんとソフィアのMさんと自分の3人で、昨日ショーがあったツァレヴェッツの丘へ。天気が良くて、景色は最高。散歩して、ボーっとして、またチャルシャへ。土産屋を冷やかしつつ、カフェで一休み、その後、Kさんはバスターミナルへ、Mさんと自分は鉄道駅へ。ブルガリアへ来て3度目の鉄道。スタラザゴラまで、バスの1.5倍くらい時間がかかったけど、料金は半分近く、どっちをとるかやね。自分は、こういう「たらぁ〜」とした旅は全然平気なんですが、同行のMさんは、結構きつかったみたい…。スタラザゴラに着いて、お約束の「奥の深いレストラン」にて、テンプラとオコノミヤキで夕食。今回もスシと豆乳(だと思う)にありつけず。かわりといってはなんですが、「テッパンヤキ」なるメニュー発見(いや、見落としてただけ)、次の楽しみに。あと、Mさんに教えてもらった、「マーボ豆腐」、これも次に試さねば。そんなわけで、家に帰り、長いようで短いようで、よくわからない旅が終わったのでした。24日(木)、日本語を教えているMさんから電話があったので、夕方会ったんですが、「今日は日本語を勉強しますか?」と訊いたら、「しない」って…。えっと、いつしたらいいんでしょう。こっちもない時間を削ってるんですが。明日も仕事がない、ということなので、明日勉強することになったんですが、とりあえずカフェとかぬかそうものなら、絞めてやろうかと(嘘)。このほかにも、イライラのもとが重なり、ビールを飲んだら非常に眠くなり、家に帰って、そのまま眠ってしまいました。…自分で自分の首絞めてやんの。25日(金)、なんか感じわるー。日本語を教えているMさんが、うちに来たんですけどね、プロヴディフで買ったイコンを見て「これが、この部屋の雰囲気を悪くしている」みたいなことを言うわけですよ。カチンときて、「じゃあ、キッチンに持って行ったら雰囲気が良くなるのか」と言いつつ、イコンを持ち出したら「良くなった」みたいなことを、のたまうわけですよ。「これは自分の意見であって、ここはあなたの部屋だ」みたいなフォローを入れてたけど、最初に書いたようなこと言われたら、いい気がしないよね。そんなわけで、イコンは今、キッチンに置いてあります。でも結局、イコンは家の中にあるわけで、Mさんが言うことが本当だとしたら、捨てなきゃならんがな。どーせーっちゅうねん。26日(土)、久し振りに出かけなかった土曜日。…あ、外には出たけど、住んでる町から出なかった、ということです。朝、6時半頃に、実家から電話がありました。…まだ寝てるっちゅうねん。ADSLにしたようで、IP電話を使ってかけてきたようですが、声が遠かったです。まともに話ができない状態だったので、さっさと電話を切り、寝直そうと思ったけど、眠りに落ちない。まぁいいか、と思って、出勤日より早く起きました。シャワーを浴びて、朝食をとって、9時ちょっと前に、ちょっとお出かけ。電話屋さんへ行って、長距離電話。そのあと、日用品と食材の買い物。家に帰って、洗濯やら掃除やら昼食やら、午前中は家事でつぶれました。午後は、編集中のブルガリア語の辞書に手をつけ、夕食をはさんで、日付が変わる前にとりあえずできあがり。今は「食に関する単語」だけなんだけど、ほかのジャンルの単語もいっぱい追加したい、明日、どんなもんかやってみようかな。それとも、久し振りに動物園にでもでかけようかな。天気次第、かな。27日(日)、サマータイムです。日本との時差が6時間になりました。ちょっと日本に近付いたような気がします(去年誰かが言ってたことの真似)。さて、そんな節目の今日、家から一歩も外に出ずに、辞書作りをしてました。午前中、天気が悪くて「あー、これだったら出かけなかったいいわけができるな」なんて思ってたら、昼から晴れてきました。ちょっと出かけようかなぁ、とも思ったけど、結局ずっとパソコンしてました。切りのいいところまで終わらせたかったというのもあるんですけど、単調な作業が妙にツボに入ってしまい、抜けられなかったというのもあります。作業が面白いというわけではないと思うんですけどね、なんか自分がロボットにでもなったような感覚が面白かった。そんなわけで、生活全般の単語を集めた辞書が、一応できあがりました。来月ブルガリアに新しく来る人へのプレゼントの予定。データだけもらって、足せてない単語がまだたくさんあるので、そのうち足そうかと思ってますが、いつになることやら…。
-----
どこかに書いたかも知れませんが、ブルガリアの学校の学期について。前期が、9月から1月、後期が、2月から6月の、2期制のようです。6月の中旬から8月いっぱいまでの、長い休暇があります。日本でも、これくらい思い切った休みがとれたらいいですね…。
2005年3月14日(月)〜20日(日) 週末はセヴリエヴォでした。通過は何回かしたことあるけど、滞在は初めて。
14日(月)、古銭学のおばちゃんから聞いた話。昨日は「デン・ナ・イズヴィニャーヴァィ(ごめんなさいの日)」だったらしいです。今までの失敗やらなんやらを、その日に謝り倒してリセットする日らしいです。そういえば、日本語を教えているMさんからも、電話がかかってきて、それらしいことを言ってたような気がします。日本には、こんな日って、ないですよねぇ…?15日(火)、うちに電子レンジがやってきました。スリヴェンのIさんが、今月の終わり頃に帰国するので、引き継がせてもらいました。Iさんは、ソフィアに用事があって、知り合いの人の車で上京、その帰りに、スタラザゴラに寄ってくれました。自分の職場近くで受け取ろうと思ってたら、車を運転していた人が「重いから家まで送っていくよ」と言ってくれたので、お言葉に甘え、運搬してもらいました。確かに、想像していたよりかなり重くて、職場から自力で持って帰ってたら、大変な目にあってました。何はともあれ、これで「チンする?」の生活ができるわけで、朝食の準備の時短が図れそうです。16日(水)、…特にトピックなし。いつも通り、パソコンに向かっていた1日。やらなきゃいけないことがいっぱいありすぎて、頭が飽和状態です。とりあえず、さっさと寝よう。17日(木)、疲れた…眠い…。今日は、トピック3件。お昼、カザンラクからSさんとHさんがスタラザゴラに来ました。IDカード受取のためです。昼食を一緒に食べました。午後、同じ町のUさんの職場にお邪魔して、子どもの写真を撮らせてもらいました。手紙のやり取りをしたいという、日本の小学生のためです。もう明日が卒業式ということで、大丈夫かな、と思いつつ、担当の先生に送りました。夜、日本語を教えているMさんがうちに来ました。「仕事帰りに友だちとおしゃべりするのがブルガリア風」と言ってましたが、ボクは日本人です。「来ていいよ」と言っちゃった手前、話し相手にはなりましたが、今度からは、疲れてたら断ろう…。ブルガリア語を理解するのにも、体力使うよ…。というか、勉強しなくてもえぇんかい、Mさん。おしゃべりしてる暇あったら、日本語勉強しようよ、と思うのですが、これが日本人的考えと、ブルガリア人的考えの違いでしょうか。18日(金)、久し振りに、浴槽にお湯を張って入りました。やっぱり気持ちいい。ここんところ、トゲトゲしてて、人に言ったら「温泉に入ってないからでしょ」と言われ、そういえばお湯につかってない、と思って実行。ボイラの関係上、ぬるめのお湯だけど、気分転換にはなりました。19日(土)〜20日(日)、北ブルガリア、セヴリエヴォという町に行ってきました。今回も、似非電気工事師。セヴリエヴォに住むTさんちの、風呂場のボイラのスイッチから、スス噴いたらしいので。朝、8時10分のバスで出発、11時前に着きました。金曜日にセヴリエヴォ入りしていた、ソフィアのMさんと一緒にTさんが、バスターミナルまで迎えに来てくれました。家にお邪魔して、一服したあと、早速スイッチ確認、電気ケーブルの皮膜が融けてました。よくショートしなかったねぇ…。余計な中継ターミナルを外して、スイッチへ直に配線しなおして、通電確認して終了。とりあえず、様子見です。その後、ちょっと出かけて(歴史博物館を見たり、市内散策したり)カフェして帰宅、Mさんが腕を振るってカレーを作ってくれるというので、自分はお好み焼きを作りました(といっても、かなりTさんに手伝ってもらいましたけど)。3人で夕食、ビール飲んでワイン飲んでラキア飲んで…飲み過ぎました…。いつソファベッドに寝かされたのか、最後のほうの記憶がない…。夜中に具合が悪くなってトイレに行こうとした時、扉と反対側に行こうとしたところを、Mさんに止められるし…。そんな調子なので、日曜日は二日酔いでした…。頭痛い…。Tさん提供のお茶漬けが、めちゃ美味かったです。お昼前に、ガブロヴォのSさんが来セヴリエヴォ、ちょっとおしゃべりして、Mさんはソフィアに帰りました。自分は、まだ中を見てなかった教会を見学、その後、15時前のバスで帰りました。17時半頃、家に着いたんですが、相変わらず頭が痛いので、何にもしないで、すぐ寝ました。
2005年3月7日(月)〜13日(日) 週末はソフィアでした。雪が残っていたのが印象的。
7日(月)、久し振りの似非日本語教師。…改め、日本語資料提供人。全然先生らしいことはしてません。今回は、置いてあった新聞に興味を示したので、読めない漢字の発音を教えたり、意味を教えたり、それくらいしかしてませんでした。かなりの数の漢字を読めるようですが、イントネーションがわからないようで、どうやって読むんだ、と、よく訊かれます。あとは、同じような意味の言葉なのに、言い方がたくさんあるのが難しい、と言ってますが、それはブルガリア語も同じ。なんにしても、外国語を習う、教えるのは、大変なことだと思います。8日(火)、去年も書きましたが、今日は「女性の日」です。男性が女性に、花を贈ります。去年と同じように、職場のおばちゃんたちに、花を買って持って行きました。お昼、多分それのお礼という意味合いがあるんだと思いますが、おばちゃんたちが、食べ物と飲み物を振舞ってくれました。といっても、食事開始当初、男は自分ひとり。すっかりおばちゃんたちの井戸端会議の場と化してました。結局、集まっておしゃべりしたいんだよね、多分。聞いてても、相変わらず話がさっぱりわからないので、適当にあいづち打ってるだけ。たまに話し掛けてくれるんだけど…ゆっっっっくり喋ってくれるんだけど…文脈で理解しようとせず、わからない単語で考え込んでしまう…。まだまだ修行が足りん。9日(水)、愚痴を言ってもしょうがないので、「良い反面教師」ということで、受け取っておきたいと思います。あまりにも直前過ぎる館長の依頼。来週の月曜日に、ソフィアでなにやらあるそうで、それの資料を作るよう、朝、呼ばれたんですが、金曜日と土曜日、自分が不在であることを告げると「Oh!No!」みたいなことを言ってました。そりゃあ、もっと前もって、休みをもらうことを、直接館長に言わなかった自分も悪いですよ、でもねぇ、随分前に、「たくさん仕事がある」と言ってた館長、なんでもっと早めにその内容を教えてくれなかったんですか。やることはわかってたんでしょ?忙しいのはわかってますよ、でもね、手順を手短に説明する時間くらいはあるでしょ?それを教えてくれれば、ある程度自分でできるところまでやって、わからんところを訊く、というやり方ができるじゃないですか。時間がない、このギリギリのところで、はいっ、どかっ、と大量の仕事を押し付けられる身にもなって下さいよ。…あ、結局愚痴になってしまった。まぁ、そんなわけで、今日は一日中、館長の仕事に束縛されてました。時間までに終わらんかったので、家に持って帰ってやりましたよ。今これを書いているのが、4時近くです。アホですね、自分でもそう思いますよ、いや、自分がですよ。館長は、もうこの際、どうでもいいんです。こんな時間まで仕事してる自分が、なんかアホらしく思えてきて…。明日も一日中、束縛予定。遅くまでかかるぞ、と宣言されているので、帰る時間がどうなるかちょっと心配です。金曜日にソフィアに上がるのに…疲れ果てて上京せにゃならん可能性大…。10日(木)、初残業、初日付変わり。一緒にいた館長も、大変だったと思いますよ。でもね、やっぱり効率悪いよ。てゆーか、昨日家で4時までやってたのとか、今日も「あ゛ー」ってなりながらスキャンして作った図面とか、ほとんど使ってないのはどーゆーこと?無駄なことやったとしか思えない。まず、一番やらなきゃいけないことから順序立ててやろうよ。そうすりゃ、もっと早く帰れたかも知れないのに。巻き込まれる身にもなって下さい。他人に頼らないとできないことは、もっと早くから動いて下さい。今回の件で、館長のことが結構嫌いになりました。…すなわち、常にギリギリの自分のことも嫌いというわけで、そうか、「自分のことが嫌い」というのは、こういう面が(こういう面も?)嫌いと言うことか。納得いった。やっぱり、反面教師ということで、これからは早め早めの準備を心がけてみよう。自分に嫌われないために。…あ、つれづれみたいになってしまった。そんなわけで、心身ともに疲労したまま、明日はソフィアに向かいます。何もやらずに寝てしまったので、出かける前に色々準備しなければ。←これも、あらかじめ用意しておけば、あわてることないのにね。11日(金)、ハイ、ソフィアです。午前中に、片付けなきゃいけない仕事をしてたら、予定のバスに乗れず、昼近くのバスで出発。事務所に着いて、清算やらなんやらして、夕方出発。帰国する人たちの送別会参加。ちょっと飲み過ぎたかな。まぁ、たまにはいいかな。12日(土)、1年2ヶ月振りに、お世話になっていたホームスティ先にお邪魔しました。1人じゃ行けないので(意気地なし)、同じホストファミリーのところにお世話になっていた人たちと一緒に。やっぱりというか、しょうがないというか、ホストファミリーには忘れられていました。他の人たちに比べ、印象が薄いからなぁ。まぁ、いいんです。予想はしていましたから。美味しい料理をいただき、美味しい飲み物をいただき、話をして(いつも通り聞いてただけ、しかもあまり理解してない)ホテルに戻りました。バックパッカー宿みたいなところ、初めてかな。なかなか良かったです。13日(日)、初マック in ブルガリア(多分)。たけーなー、という印象が強いですねぇ。バーガーとポテトとドリンクの一般的なセットメニューが5レヴァ(約350円、物価換算約1750円)。一般庶民には高値の花で、外国人目当てに柄の悪い連中が出入するのも頷けるなぁ。実際、自分たちの席のすぐ近くに、何も買わずに座ってて、怪しげな白い粉をどうにかしてた人いたし。何事もなく店を出られたのでよかったんですが、これからはなるべくハイソなお店には近づかないでおこう。こうして、またどんどんと「店離れ」が進んでいく…。
2005年3月1日(火)〜6日(日) ちょっと旅行の虫が動き出したかな、ヴェリコ・タルノヴォとゴルナ・オリャホヴィツァへ行ってきました。
1日(火)、電気代、ケチった甲斐がありました。前回の半額。それでも、他の都市と比べると、やっぱりスタラザゴラの電気代は高いです。そんなわけで、出勤前、窓口へ行って、電気代を払ってきました。行ってみたら、4つある窓口のうち、1つしか人がいない、もしかしたら昨日めちゃくちゃ混んでたのも、これが原因かも。今朝は、待っている人もそんなにいなくて、スムーズにいきました。職場では、マルテニツァの応酬…になるかと思ったら、最終的に3つだけ。配り歩いたわけではなく、ずっと部屋にいたからこんなもんでしょう。そうそう、書き忘れてた、今朝、起きたら外が白かったです。夜の間に雪が降ったようです。今日は1日中、降ったりやんだり。たくさん積もっているわけではないんですが、風が冷たい…。最近ようやく暖かくなってきたなぁ、と思ってたら、またこれだ…。春の訪れは、いつになることやら。2日(水)、同じ町のUさんの職場(美術系の学校のようなところ)の子供たちの展示会へ行ってきました。作品を見る目的も、もちろんあったんですが、本当のところ、Uさんの職場の長と話をするため。とある日本の小学校の授業の一環で交流している子供たちが、ブルガリアの子供と手紙のやりとりをしたい、できるのならその子の写真と名前が欲しい、というので、写真を撮りに行ってきました。あらかじめ1人は見つけておいてもらっていたようで、すんなり撮影終了。もう1人は週明けとのこと。日本で3月といえば卒業(ブルガリアでは9月が新学期です)、交流している子供たちは6年生、間に合えばいいのですが…(←今まで具体的に動かなかった自分が悪い)。展示会見学の人がはけ、Uさんの職場の長に誘われたので、関係者に混じって夕ご飯をご一緒させてもらいました。以前、自分の職場関係者でも行ったことのあるレストラン。落ち着いた雰囲気(客が少ない時に限る)のレストランです。美味しい食べ物と飲み物で満足でした。3日(木)、ブルガリアでは祝日(解放記念日)です。休みです。明日は平日なんですが、休日にはさまれているということで、休みになり(日本のゴールデンウィークの「国民の休日」みたいなイメージだと思う)、今日から4連休です。先週末、お世話になった、ラズグラッドのKさんが来ました。データベースのバグとり大会(?)。実際、自分はほとんど役に立ってないんですが…。まぁ、それはさておき、「客が来たら是非案内せねば」と、Uさんと示し合わせた、「テンプラ」「オコノミヤキ」が出てくるレストラン、3人で行ってきました。今回の新たな発見(前回、メニューの読み込みが足らなかっただけとも言う)、なんと「スシ」がありました。もちろん注文しました、が、残念ながら「ニャーマ(ないよ)」と言われてしまいました。今回も注文した「テンプラ」に前回入っていたエビがなかったので、材料切れなんでしょう、また次回に。他にも「ソエヴォ・ムリャコ(大豆の牛乳、つまり豆乳だと思う)」も発見、これも残念ながら「ニャーマ」。また次の機会に。あとは「ヤポンスカ・サラタ(日本風サラダ)」が、どの辺が日本風なのかさっぱりわからなかったけど美味しかったです。冷やし中華のタレ風味。そんなこんなで、今日も美味しいもので腹いっぱいでした。4日(金)、スタラザゴラのメトロ(郊外型巨大スーパー)初体験。1年以上住んでて、初めて行ってきました。いや、行ってきたというよりは、連れていってもらった、が正しい。というわけで、今日もUさんとKさんとつるんで行動。夕方近く、市内バスに乗ってメトロへ行ってきました。ソフィアで確か2回くらい行ったことはあったけど、何度行ってもそのでかさに圧倒されます。欲しいと思っているものが大体手に入ってしまうので、これがまたお金使っちゃうんですねぇ。ただでさえ今日は、ずっと探してた「日本語・ブルガリア語漢字小字典」を見つけて衝動買いしてしまい(メトロではない、別の本屋での話です)、お金がないというのに…。まぁ、それはさておき、さし当たって必要な、プリンタのインクやら、攻撃力の高いホッチキスやらを購入。近くの事務用品屋にも多分あるんだろうけど、せっかくメトロに来て何も買わないのもなぁ、ということで。ちなみに、ホッチキスの針、ばら売りがなくって(10箱で1単位、誰がそんなに使うんだよ)、後日探すことにしました。さすが大型店。まるで卸売業者のようです。そんなこんなで、買い物終了、夜はまた3人でご飯。自分ちのすぐ近くのレストランに、初めて入ってみました。まぁ、普通かな。スープ類がランチしかないというのが残念でしたが(シュケンベ・チョルバ(牛の胃のスープ)ヲタク)。というわけで、今日もしっかりとご飯が食べられたのでした。5日(土)、鍋です、鍋。うまかばい。午前中にラズグラッドのKさんが、ガブロヴォに旅立ったあと、自分は夕方近くにヴェリコ・タルノヴォに出発。本当の目的は、タルノヴォの近くのゴルナ・オリャホヴィツァに住むWさんちの電気修理なんですが、中継点のタルノヴォのKさんちでチゲ鍋に参加させてもらいました。ヴァルナからMさんも来てて、4人で鍋。作ってくれたKさんとWさんに感謝です。自分はテレビ見てただけ。食べ終わったあと、語りに語って(いつものように自分は聞いてただけですけど)、泊めてもらうWさんちへ移動。外に出ると、雪が。夜も更けて、降りおさめかな、名残雪。Wさんちで、お風呂の電気を直して就寝。お休みなさい…。6日(日)、ペチャット(ハンコのことです、ブルガリアのスタンプラリー)部隊の、スヴィシュトフのKさんと、スリヴェンのIさんがスタラザゴラに来ました。スモリャン近くのシロカ・ルカという村で、クケリ(仮面のお祭り)を見た帰り、交通機関の時間的な問題で、家まで帰り着かないから、とのこと。お昼過ぎに、ゴルナ・オリャホヴィツァを出発、夕方スタラザゴラ到着。夜、同じ町のUさんと、4人で、例のレストランへ。やはり「スシ」「ソエヴォ・ムリャコ(多分豆乳)」はなく、また次の機会に。今日も腹いっぱい、3人で家に戻り、サクッと寝ました。